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「スポーツ宣言日本」への期待 ―スポーツミッション達成のための戦略と連携
 ※平成25(2013)年1月発行のSports Japanに掲載したものです

   これまで4回を通じて、「スポーツ宣言日本」の趣旨、宣言を構成する3つのミッションのそれぞれについて解説と議論を重ねてきた。今回は宣言に謳うスポーツミッション(スポーツの使命)を達成するための、戦略と連携・協力のあり方をテーマに、日本スポーツの方向づけに大きな影響力を持つ方々より貴重なご意見をいただく。


スポーツを通じた社会開発

佐伯
   市民社会が成熟すればスポーツの社会的基盤が充実し、スポーツの社会的基盤が充実すると市民社会も非常にいい社会になる。そういう関係を考えると、日本の民間スポーツ団体(日本体育協会、日本オリンピック委員会)が、「スポーツ宣言日本」(以下宣言)を発信したことにはきわめて大きな意味があります。長期ビジョンを持って自分たち独自の取り組みをやっていこう、市民社会ベースでスポーツづくりをやろうという気構えを初めて見せることになったからです。
   今日は、スポーツ基本法(以下基本法)制定の立役者でありました遠藤利明さん、スポーツ基本計画(以下基本計画)策定の中心人物となられた鈴木寛さん、新たなスポーツ環境づくりの支援を行う日本スポーツ振興センター理事長の河野一郎さん、そして元アスリートであり、メディアや経済界でも幅広く活躍されている三屋裕子さんにお集まりいただきました。
   まず、この宣言を社会がどう受けとめ活かそうとしてくれるかについてご感想も含め、ご意見をうかがいます。

遠藤
   基本法をつくる議論の過程で、いくつかのことを改めて実感しました。スポーツは単に個人を育てたり、経済的な力を発揮するだけではなくて地域社会をつくる。またスポーツを通じて世界に貢献できる。友好プラス貢献という分野がスポーツにはあることなどです。ですから基本法のなかでも、スポーツをすることはすべての人々の権利ですと最初に書いて、後半のほうでスポーツは国際的な交流や貢献を果たすことを書きました。
   この宣言を見ていると21世紀のスポーツは、ひとつ目は「公正で福祉豊かな地域生活の創造」、ふたつ目は「自然と文明の融和を導き、環境と共生の時代を生きるライフスタイルの創造」、そして「平和と友好に満ちた世界を築く」。スポーツを通じてまさにそうした社会をつくり、世界に貢献する。スポーツ基本法と相通ずるミッションだと思います。
 
佐伯
   この宣言の特徴は、「スポーツ自身の発展がよりよい社会につながるように」という願いです。だからスポーツは自分自身が発展することのなかにミッションを持っていることを打ち出したのです。

河野
   いまは、単なるスポーツ振興からスポーツを通じた社会開発といったコンセプトチェンジが進みつつあると思います。ジャック・ロゲIOC(国際オリンピック委員会)会長が国連でスピーチを行い、感染症や女性、飢餓あるいは教育などにスポーツが果たす役割を語ったことは印象的でした。
   今回の宣言は、100年前に嘉納治五郎先生が国民と国を意識してつくられた「趣意書」の意志を明らかに継ぎ、それを現代化して活かすものと思います。遠藤さん、鈴木さんがスポーツと併せて「立国」という視点を出していただき、そのことと共に重要なものだと受け止めています。

鈴木
   本当にいいタイミングで「スポーツ宣言日本」を出していただいたと思います。この宣言と基本法は車の両輪だと思っていて、宣言が出てからスポーツを巡るプロジェクトが質的に変わり始めています。スポーツを通じてスポーツコミュニティをつくっていく動きが、市民の側からも出てきています。憲法25条とも結びつきますが、健康で文化的なコミュニティづくり、そこに支えられたいい動きがスポーツに始まりつつあるという手応えを感じています。

三屋
   今回のようにスポーツ団体がビジョンとして掲げる形で宣言が出されたことは有難いことだと思います。我々の頃の“ミッション”は、とにかく“金メダル”だけでしたから。でもロンドンオリンピックで日本のアスリートたちのインタビューの受け応えが変わりました。おそらく震災を通して、アスリートたちも最終的に人に支えてもらっているという有難さを自覚したんだと思います。ようやく日本も、スポーツを通して「何を社会に果たしていくのか」という時代に来たんですね。ただ残念なことは、これがまだ国民レベルでは一部の人のものでしかない点です。

河野
   この宣言と、基本法と基本計画は3つでうまく動く気がします。そして、スポーツの考え方、見方の幅を広げてくれたものと考えます。ひとつは、従来スポーツの枠組みは個人と組織と国でしたが、そこにコミュニティという「視座」を加えました。また基本法が国際的な広がりを持つ「視野」に立ち、宣言により100年という時間軸も加えられました。そしてもうひとつ、スポーツにコアバリューという「視点」を入れていただいた。これは、3つが具体化され進められていくうえで非常に意味があることだと思います。

キーワードは「コミュニティ」

佐伯
   基本法では、国がスポーツを振興する責任があると明確に謳うと同時に、人々がスポーツを享受する権利があることも示しています。その下で日本体育協会(以下日体協)と日本オリンピック委員会(以下JOC)はこの宣言を出しました。したがって宣言の謳うミッションを実現することは基本法の趣旨に沿うことであり、また人々の期待に応えることでもあります。その意味では日体協・JOCはそれなりの覚悟を持って宣言の実現に取り組み、必要な支援をきちんと要求していくべきだと思いますが、その点で政治はどのような連携とサポートをすべきだと思いますか。

遠藤
   日本のスポーツはひとつは武道を習う、もうひとつは学校体育としてやってきたものだから、個人の楽しみ、あるいは個人それぞれがスポーツを通じて地域をつくったり活動していくという感覚ではなかった。まず健康にするためにはこう、規律を覚えるためにはこう、国威発揚するためにはこうだと、すべて上から押しつけていったのが日本のスポーツ政策だったと思います。それが宣言にもあるように、自分たちがスポーツをつくる、参加もすれば国際貢献もするというふうに変わってきた。そこで私たち政治を受け持つ側が成すべきは何か。ただ企業スポーツもそうですが財政的に厳しく、国はスポーツの推進策はつくりますが、民間の感覚で自分たちの発想の下でやってくださいと、任せることはできます。でもそうは言いながらも、予算措置や寄附の減税などは必要です。そのためには国の政策をひとつの機関に統一したほうがいいのかなということで、“スポーツ庁”の発想につながったわけです。
   ただ、スポーツがこれだけ社会的にも国際的にも影響力を持つようになったのに、政治家の間で、スポーツを政策として取り組む人がまだまだ少ない。だから、我々の努力も必要ですが、スポーツ関係のみなさまから「もっとしっかりせい!」とプレッシャーを掛けていただくようなイメージでしょうか、現状は。

三屋
   「権利」だと謳っている割にその権利を行使しない人たちが日本の場合あまりにも多いですよね。だから国としてここまでしっかりバックアップしますというフォーマットをつくったけれども、世の中に目を向けてみるとあまりにスポーツをしていない人が多い現状です。基本法までつくっていただいた割にはその存在も知らない人が多過ぎます。もうちょっと分かりやすい形で、スポーツを通してこんな国をつくっていくのよとなれば、「あ、これはやっぱり使わなきゃいけない権利だ」と気づかれていくのではないかと思います。

鈴木
   私は少しだけJリーグの立ち上げや2002年のワールドカップの招致に携わりましたけれども、あの活動の意義は、多くの人々が「自分たちの幸せは自分たちでつくるんだ」という意識に目覚めたこと。スポーツにはその力があるし、新しい文明をつくる担い手になり得ます。
   20世紀の生産と消費と廃棄の文明から、コミュニケーションの時代への転換期を私たちは迎えています。ではコミュニケーションとは何か、100本論文を書いてもそれは理解できないのに、スポーツの試合にかかわる、あるいは参加したり応援すると、こころがひとつになるということを、サッカーならわずか90分、100m走なら10秒ほどで実現してしまう。スポーツの新しい文明をつくる力を私は信じています。そういう意味で、スポーツの役割をスポーツをやっている人々に、「スポーツ宣言日本」という形で確認してもらったことに、一番感謝しています。
 
遠藤
   だから政治家に対して、スポーツを何とかしてと頼むのではなく、自分たちがスポーツを楽しむ、あるいはスポーツを通して人との交流を育む地域をつくると。でもそうしたときに解決
できない課題も出てくる。それを政治の場で議論して、協力してくださいということなのです。

佐伯
   そうですね。簡単に言うと、例えば自前のプロモーション計画を地域や自分たちでつくり、それを県議会なりに提案するといった流れ、それはいままでになかったことです。

河野
   「コミュニティ」の存在が重要だと感じます。コミュニティの視点に立つことで、スポーツのコアバリューとスポーツの力について語るうえの共通言語を持ちやすくなりました。アスリートと企業の間でも共通理解を図りやすくなって、物事を前へ進めやすくなったのではないですか。

鈴木
   いまたいへん大事なキーワードですね、「コミュニティ」。地域スポーツそしてトップアスリートの好循環。

三屋
   いままではスポーツに“卒業”がありましたが、地域にスポーツコミュニティが生まれることで、アスリートのパフォーマンスをつないでいく好循環につながるという考え方はすごく期待できますね。

佐伯
   アスリートからコーチへという流れだけでなく、スポーツキャリアを広く社会生活全体に生かすことも重要です。そのためにはスポーツの経験をできるだけ汎用性のあるものにすることです。ファーストキャリアの段階で育て方をきちんと考えると、スポーツ以外の分野にもアスリートが活躍する場がどんどん増えます。これまで教育やスポーツの世界では長い間ボランティアが美風とされてきました。しかしこれだけスポーツの力が社会にとって重要になった以上、それなりの報酬を受けられるような仕組みを望みたいところです。

三屋
   私自身、いまNPOをつくって活動していますが、大きなネックは「受益者負担」という考え方が日本に根付いていないこと。地域でやるスポーツはタダが当たり前だと思われていて、たとえ100円でも有料にしたら来なくなります。

鈴木
   だからファーストキャリアのときに新しいソーシャルビジネスモデルをつくったり、ソーシャルマーケティングができる人材を育成することが、本当に急務なのです。バリューや意義をきちんと伝え、負担を説得できる人材です。



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