公正で福祉豊かな地域をつくるスポーツ ※平成24(2012)年7月発行のSports Japanに掲載したものです

  日本のスポーツ界が、次の100年に向けてどのようなミッション(使命)を自覚し行動していくべきか、その指針となるのがこの「スポーツ宣言日本」だ。宣言にこめられた趣旨がより多くの人々に理解されることで、これからの時代をリードするスポーツの新しい価値の創造へと期待がふくらむ。本座談会シリーズの2回目からは、宣言が掲げるスポーツの3つのミッションそれぞれについて、とりまとめにあたった佐伯年詩雄氏がゲストとともに、詳しく語り合っていく。
  今回はミッションのひとつとして示された、スポーツと地域生活とのかかわりをテーマにとりあげる。


スポーツ宣言日本 ~21世紀におけるスポーツの使命~

佐伯
   100周年を記念して、アジア初のスポーツ宣言を採択し、そこに22世紀に向かうためのスポーツミッションを示したわけですが、みなさんは宣言をどのように受け止められましたか?

小倉
   スポーツ宣言を読んで思わず凄いなと感じたことは、「自発的」という言葉が最初に打ち出されていたことです。やらされることと、自ら進んでやることの違いは、スポーツを考える上で全く別の世界があることを教えてくれるからです。この宣言によって、スポーツの重要性を地域の人たちへ声高く伝えていく大きなチャンスがもたらされたような気がします。


仲澤
   「自発的」はきわめて大切な文言ですね。そういうスポーツの在り方を大事にしながら、これからのグローバルな課題に貢献する可能性は大ですよというように読めるあたりが、スポーツの文化的自立をアピールできている宣言だと思います。
 
髙倉
   地域に根ざしたスポーツというイメージだとか感覚は、日本にこれまでは乏しかったものだと思います。私自身はサッカーの世界で活動していて、もう発足20年になるJリーグ自体もそうですが、スポーツが地域に根ざす大切さは感じています。スポーツ宣言で改めてそのことが示されて、これからはスポーツ界全体にその捉え方が広がって行くんじゃないかと非常に嬉しく思っています。

小倉
   私自身はその最前線に立たせてもらっているという意識で、総合型地域スポーツクラブの普及と浸透の事業に取り組んでいるつもりです。

髙倉
   いままでは地方に行けば行くほどスポーツを楽しんだり、からだを動かす場が乏しいわけです。まして「女がサッカーなんて」という感覚だった時代からずっと私は続けてきました。今でこそ女子サッカーへの関心が膨らんできましたが、私自身はよほど運が良かったのかもしれません(笑)。だから総合型地域スポーツクラブが生まれて、地方でも子どもから大人まで楽しむ機会が得られるようになりつつあるような気がします。

「人々をつなぎ合うスポーツ」

佐伯
   髙倉さんから、もう地域に根ざしたスポーツという話が出ましたので、これから宣言の第一ミッション(左肩上に表示)について話し合いたいと思います。このミッションでは、「地域に暮らすすべての人々がスポーツを享受するように努める」としていますね。しかし日本の場合、私は、これまでスポーツのターゲットは基本的に青少年、しかも男の子というモデルでやってきたと思っています。でもいまは、障がいや病を抱えている人を含めて男女にかかわらず、しかもあらゆる世代が主役です。だからスポーツを楽しむことに地域や環境の違いで格差が出ないように、スポーツ自体が努力すること。それが自然と、公正で豊かな地域生活を創っていくことに寄与するのではないかと思います。
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仲澤
   それぞれが好きで取り組むスポーツの積み重ねに、いろんな力が生まれる、たとえば人が集うというような。総合型地域スポーツクラブにはそういう新しいスタイルの交流が期待できます。競うだけではない「つなぐスポーツ」が全国に広がりつつあるといえそうです。

佐伯
   コートの中のゲームの勝ち負けと、その外側にある会話やパーティなどの交歓・交流とがワンセットになって本来のスポーツだといえますが、いまは、負けを排除し強い者を選ぶことが第一義になっています。こうした在り方を変える拠点になろうという、大きな志の中で動いているのが総合型地域スポーツクラブだと思っています。

小倉
   まだその域には達していませんが、少なくともクラブをつくるときの理念に沿ってスタッフが動き始めています。クラブライフを楽しむ流れが生まれることで、地域のスポーツ環境がその雰囲気も含めて変わってきている実感はあります。

髙倉
   ドイツへ行くと本当にそういう楽しみ方ですね。負けの排除ということでは、日本のマスコミがオリンピックの年にずっと、勝った選手だけを取り上げ続けています。でもそれ以外の人たちがほとんどなのに、なぜそちらにも目が向かないのかと非常に残念でなりません。

佐伯
   そうですね。すべての人に平等にチャンスを与えようというのがフェアプレイの原理。ところがメジャーな競技とマイナーなものの間に格差が生じています。スポーツのフェアネスを考える上では、ゲームの中の一挙手一投足以上に、スポーツ全体の在り方を見ていかなければなりません。

「人々をつつみ込むスポーツ」

仲澤
   そのときに期待するのは、日本体育協会や中央競技団体など影響力を持つところが主体となって、スポーツの仕組みを変えるようなムーブメントを起こしてもらえないかということです。例えば私自身、体育学部の教員ですが、体育学部のカリキュラムには、人々をつつみ込むスポーツといった内容は題材としてほとんど扱われていないのが現状です。

 
佐伯
   “総合型”のようなものは日本にモデルがありません。選手をどうつくるかのモデルしかないわけです。だから解消しなければならない格差を生じさせる現実に、スポーツの公正さが追いついていません。だからおっしゃる通りで、そこは日本オリンピック委員会もそうですし、日本体育協会が、地域間や競技間の格差解消にきちんとリーダーシップを発揮しなければならないところです。
   これからはさらに、ヨーロッパではすでに取り組まれている「ソーシャルインクルージョン」(社会的包摂)が切実な問題となってきます。自分たちと違
う人たち、異なる人種、移民や社会的弱者、障がいを持つ人たちなどを排除するのではなく、つつみ込んでいくこと。つまり、自分たちとは違う存在と行動することはとても良いことで、多様性こそが地球を豊かにするし人間の暮らしも豊かにするんだという捉え方です。そこにスポーツは大きく貢献できる可能性があり、寄与できるということを意識すべきです。いままでは同質的なものが日本では大切にされてきました。異質なものは排除する島国根性的な部分です。これからの本当にグローバルな時代へ向けて、私たちは多様な人々をつなぎ合いつつみ込むスポーツの力を、ローカルな生活の中で発揮することが重要ですね。

仲澤
   例えば海外の例ですが、スポーツ団体が女性の権利団体と一緒に女子サッカーのプロモーションを行うことなどもありますが、日本ではスポーツ界が閉じていたこともあり、そういう動きはまだまだです。従来からのピラミッド型の組織も必要なのですが、そこには入ってこないような地域の課題に関心を持って、水平的につながっている人たちと日体協やJOCがどう関連していくのか、もっとアンテナを高くしていく必要がありそうです。


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