一歩踏み出すための「スポーツ宣言日本」※平成24(2012)年5月発行のSports Japanに掲載したものです

社会に誇れる人間をつくる

   アスリートは「考える時間があれば練習したい」となりがちで、「スポーツとは何か」と真剣に考える習慣になじみにくいところがあるように見えます。このスポーツ宣言はアスリート自身が考えるための方向性を示していると思いますが、アスリートがみずからスポーツについて考えるきっかけを作るためには、どうすればよいでしょうか。

橋本
   私はJOCで仕事をさせていただいていると同時に、スケート連盟の会長という立場でもあります。まずは自分自身の出身母体であるスケート連盟をしっかりと誇れるものにしないかぎり、大きな場所でものを言うことはできないと思っています。スケート連盟の会長を受け継ぐことになった時、自分なりの改革をしようと固く決意して取り組んできました。
   選手たちは当然誰もがメダルをとることを目指すのですが、メダルをとるためには人間力が豊かでなければなりません。監督、コーチにお願いするのは、競技力は後からついてくるもので、まずは社会に誇れる人間を作ることから始めてほしい、ということです。
   例えば、国際大会に出場する際には選手団が結成され、行動規範が示されますが、全日本に選ばれ、日の丸をつけるということは、公人になるということであり、その自覚を持たせなければなりません。
   スケート連盟はいま、細かい行動規範を作っているところです。というのは、金メダルはひとりしかとれませんが、ひとりの選手だけではなく全体を良くしていかなければ、金メダルをとるなどあり得ないことです。
   トップだけが頑張るのではなく、全部の意識を高めていかなければならない。茶髪やピアスは禁止ですし、コーチについてもメタボリックな人は選ばない。なぜなら、選手にいくら節制しろと言っても、自己犠牲を払えない人から言われるのでは説得力がないからです。しっかりとした人間力を持ち、節制ができ、コーチ自身が金メダルを目指していくという姿勢を示すことができれば、選手はついていきます。
   だからいまは記録がいいだけではオリンピック代表に選びません。人間力豊かで社会貢献力があり、周囲から慕われるような選手でなければ、絶対に代表にしない。自信を持ってそうルールを決めると、自然といい組織になっていきます。それができて初めてスポーツが、社会に認められる人間を作る団体と感じていただけると思います。

ゼッターランド
   自分が競技を始める前から日本のスポーツ界に継続してあった教えは、自らからだを動かして自己実現をするという楽しみだけでなく、厳しさを身につける、ということだったと思います。私がよく言われたのは、「コートの中は社会の縮図だ」ということ。ただ強いだけではダメで、コートを離れた時に学校のすべての模範になることが本当の意味での強いチームであり、そうあるべきだ、と。
   私がアメリカのスポーツ界を経験して感じたのは、外からは自由そうに見えますが、中に入ってみるとまったくそうではない、ということです。個性や個人の権利はもちろん認められますが、それはあくまで全体の規範や定められていることを守った上での個人なのです。それなくして個性なんてあり得ない。
   橋本先生もおっしゃいましたが、ナショナルフラッグを胸につけてオリンピックに行く選手はまさに公人です。常に周囲からもそういう目で見られますし、だからこそたくさんの方から応援していただける。それだけに責任も伴いますし、義務もある。それを果たさずして権利だけ主張することは許されない。ですから、日本のスポーツ界でどうか個性という言葉が間違ってとらえられないように、という思いを持っています。

ミッションを背負うアスリート

佐伯
   なぜスポーツを一生懸命やるのか。わかりやすく単純に言えば、楽しいからです。それをひとつのカルチャーにしていくためには、楽しみが社会的価値の実現につながっていなければならない。そしてその結び目は、スポーツ界の人自身が作っていくべきです。その可能性はもともと持っている。フェアなプレイというのは、公正というものが原点にあります。こういうものがスポーツというフィールドから他の世界へ広がっていくことで、スポーツの内在的価値がある種の普遍性を持って外の世界へつながっていける。それを表現した時に、スポーツって素晴らしいなという評価が得られていくと思います。
   アメリカではオリンピックに選ばれた選手にすぐアスリート教育をするのですが、その時、メディアに応対する際には2つのことに気をつけて発言しなさいというそうです。ひとつは、「あなたの発言することはあなたの将来に大きな影響を与える」、もうひとつは「あなたの発言がアメリカでのこの競技全体に大きな影響を与える」ということです。自分を大事にするし、自分が育ってきたスポーツも大事にする。この2つの思いがあれば、間違った発言はしない。アスリートとは、スポーツの価値が社会的に認められるためのもっとも重
要な窓口です。これを大事にしていただきたいなと思います。

   スポーツ宣言の意義や理念は言葉にすると難しいものですが、これを幼い子どもたちにも理解してもらえるよう浸透を図っていくことが、大きな仕事だろうと思います。

橋本
   たくさんの競技、さまざまなレベルの大会のプログラムに、必ず宣言を掲載する。そしてそこに触れてもらうよう、徹底して各競技団体に指導してもらう。スポーツ界が自らやらなければ、おそらく広がっていかないと思います。せっかくできた大きな宝物なので、自分たちで広めていくことが必要だと思っています。

ゼッターランド
   まずたくさんの方に知っていただくことが大事だと思います。コーチ講習会などに行っても、内容を知らない方がとても多い。いまは大学にもスポーツに関連する学部がたくさんあります。そうしたところから広めていくのも大事だと思います。そこから育っていった人たちがさまざまな分野で広げていく可能性もあります。
   また地域の拠点となるクラブが小学校にアスリート派遣事業を行ったりもしています。そうした機会に、クラブマネジャーやコーチ、スポーツディレクターの方などに理解していただくこともいいと思います。

佐伯
   例えば今年のロンドン五輪で、金メダルをとりにいくというミッションだけではなく、宣言に謳われた3つのミッションを背負っていくんだ、ということをアピールするだけで、メディアの注目度は高まります。またスポーツ界もそういう機会を活かして、一般市民の方に「スポーツはこういう歩み方をはじめたんだ」ということを知ってもらうことが大事だと思います。
   橋本さんの場合はお立場上、これをひとつの土台にして、国政のレベルでスポーツを発展させると同時に、スポーツの力を活かしていただきたい。ゼッターランドさんには、スポーツ宣言日本にはこういう意味があり、日本のスポーツ界はこの方向へ向けて歩んでいくんだというメッセージを発信していただいて、スポーツ人が自信と希望を持てるようになっていければと思います。

【座談会出席者】

左から、
ヨーコ ゼッターランド氏
(スポーツキャスター/日本体育協会理事)
佐伯 年詩雄氏(筑波大学名誉教授)
橋本 聖子氏(日本スケート連盟会長)

※所属・役職は座談会当時のものです。

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