スポーツで築く平和と友好に満ちた世界 ※平成24(2012)年11月発行のSports Japanに掲載したものです

   世界が直面する課題の解決に向けて、スポーツが貢献することの意義をうたい、その実現のための3つのミッションを掲げた「スポーツ宣言日本」。内外へ向けて発信された日本スポーツの力強い決意表明を、スポーツ人すべてで共有し実現させていくためにはどうすればよいのか。第1、第2のミッションに続き、今回は3番目の「スポーツで築く平和と友好に満ちた世界」をテーマに座談会を実施した。スポーツにかかわる人々の意識と行いについて交わされた、その熱い議論をお届けする。


宣言の実践へ向けてこれからが本番

佐伯
   本日のテーマである「スポーツで築く平和と友好に満ちた世界」についてご意見をいただく前に、「スポーツ宣言日本」を全体としてどう受けとめていらっしゃるのか、みなさんの率直なご感想を。

成田
   正直、やっと、という感じです。運動の喜びや身体活動の喜びについての価値をはっきり示された宣言ですが、私たち障がい者にとってはスポーツをできる環境がまだまだ整っているとは言えないのが現実です。もっと多くのみなさんに障がい者スポーツへの理解を深めてもらいたいと思っています。


山下
   辛口で申し訳ないのですが、100周年記念事業が終わり、宣言も発表し、スポーツ界のトップの方々はホッとしておられるのではないでしょうか。むしろ、ここからがスタートだと私は考えます。宣言の内容は素晴らしく、読み直しても誇りに思います。しかし、より平和なお互いが理解し合える社会をつくっていくために、まず我々スポーツ人が宣言でうたわれているミッションを実践し、世の中を変えて初めて、100周年でこの宣言をつくった意味があると思います。むしろこれからが我々にとっての本番です。
 
清水
   おっしゃる通りだと思います。大切なことは、この宣言を日本体育協会と日本オリンピック委員会とで出したこと。ヨーロッパに見られるスポーツ宣言と同じように、スポーツの特徴をしっかりとらえて、しかもスポーツの組織が自ら宣言したことは非常に大きな意味合いを持っています。
 
佐伯
   いま日本のスポーツはイノベーションの時期を迎えていますが、日体協でも「宣言」をきっかけに、スポーツが担うべきミッションの視点から、
指導者養成やスポーツ少年団活動などの事業の見直しを始めています。間もなく新しい活動の方向性が出てくるのではないかと期待しています。しかし、この宣言は日本のスポーツ界が全力を挙げて取り組むべきミッションを掲げているわけで、おっしゃるようにいまこそスタートだと、そう考え行動していただきたいですね。

成田
   宣言の一般への浸透を考えるとき、私たち障がい者スポーツは別扱いされていることに気付かされます。“スポーツ省”ができそうだと聞かされたときは本当に期待したのですが…。今回のロンドンパラリンピックのコマーシャルはすごく格好よかった。膝下切断や義足のランナー、肘から先のないスイマー、車椅子のバスケットボール選手など、ありのままの姿で、堂々と競技者として映し出されています。だから、説明などいらないので、とにかく私たちのスポーツを見てくれたらと思います。子どもたちが私たちの泳ぐ姿を見ると、“かわいそう”が“カッコいい”に変わるんですよ。手や足がないのに自分たちより速く泳げるって。そういう環境でこそ、私たちの実践が意味を持ってくると思います。

山下
   スポーツはすべての人の権利です。若い人や競技者だけのものじゃない。さまざまなハンディキャップを背負った人たちもみんな同じように、親しむ、楽しむ権利があると、そういう意識が一般に浸透していけば、例えば東京オリンピック・パラリンピック招致に対する賛同の声も上がってくるでしょう。欧米ではスポーツ関係者が社会のため、世の中のために何ができるかを常に問い掛けながら活動してきました。その点が弱かった日本ですが、この宣言はそこに目を向けています。大事に活かしていけばとてもいい“メディア”になるんじゃないでしょうか。

既成の枠を取り払うスポーツの力

佐伯
   本日の我々の中心テーマである第3のミッションに話を進めます。「スポーツは、その基本的な価値を、自己の尊厳を相手の尊重に委ねるフェアプレーに負う──」、これは宣言のひとつのキーワードです。自分のプライドはまず相手を尊重することから生まれるという。ギブアンドテイクではなく、それを乗り越えていくようなもの。それがあって初めてスポーツによる友好とか親善とか他者の理解とかそういうものに結びつき、平和と友好に満ちた世界の構築へ向けて力を合わせていこうという意識が生まれてくる、そういう意味です。単にルールを守って競い合うだけではなく、その奥に一歩踏み込んで行く必要性を示しています。

清水
   佐伯先生と一緒にこの3番目の宣言づくりを進めるなかで私が考えたことは、スポーツは自分ひとりではできないということです。しかも相手は人間だけではなく、自然であったり動物の場合もある。そのなかで相手と協調してフェアに戦うということは、頭や言葉ではなくからだを通して自分を素直に開き、相手を受け入れ、そんな自分を受け入れていく。スポーツの本質的なところにそのことがあると思います。だから、いろいろな境界を越えることができる。人種、民族、ジェンダー、ナショナリティ、ローカリティ、障がいの有無などを超えていろいろな人と理解し通じ合える。そこからこの3番目のミッションが出てきたと思います。

佐伯
   成田さんは、先ほど「子どもたちが“カッコいい”と言う」とおっしゃったけれども、そこにある相手への「リスペクト(尊敬)」の思いがとても重要だと思います。ふだん我々は既成概念のフレームで相手を見てしまう。ところがその枠を取り払う力がスポーツにはあって、素直にその人自身を見るチャンスを与えてくれます。そこがスポーツというもののひとつの大きな魅力じゃないでしょうか。


 
成田
   そうですね。子どもたちと泳ぐ競争をして、つい勝ってはいけないのに勝ってしまったりすると、「足でキックを打たない人に僕たち負けちゃった!」って子どもたちはとても悔しがります。そこから彼らが何を感じ取ってくれるかということですね。私自身、自分の障がいを受け入れることからスタートしてスポーツも始めて、いろいろな出会いや交流を通して本当に多くのことを学び、感じました。これらの経験に感謝したいなと思います。
 
山下
   ロンドンオリンピックで活躍した選手たちの多くが、支えてくれた人たちへの感謝の言葉を口にしています。そして被災地の復興を願っている。
私はあれは言葉だけじゃないと感じています。教育に携わっている我々がどれほど言い聞かせるより、選手たちの言葉や振る舞いのほうが子どもたちへの影響力がはるかに大きい。そのことを選手たち自身がよく理解していくためには、柔道でもバレーボールでも水泳でも、スポーツ界が社会に対して何ができるか、どういう形で役に立とうとしているかを全体で考えていく必要があります。
   アスリートがどういう発言をしていくかは、その本人がどんな指導者に指導を受けたかと密接につながっていると思います。まずそういう指導者の方々にこの宣言を血肉化していただきたい。そしてスポーツ界のトップのみなさんにも、ぜひ覚悟を持って宣言を実践していただければとこころから願っています。


清水
   やはり世界とどうつながるかということを少し考える必要がありますね。国内で、小中高と学校で勝つことばかり教えないで、ヨーロッパやアジアではどうなっているかを考えさせながらスポーツを指導する。世界のなかでいま自分がスポーツを通して何ができるのかを考えさせることが重要だと思います。



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