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日本体育協会の創立と変遷
日本体育協会の創立創立趣意書の主な内容これまでの日本体育協会の主な変遷これからの日本体育協会
日本体育協会の創立
日本体育協会は、嘉納治五郎(かのう じごろう)先生を中心とする、体育関係者との協議のもと、明治44(1911)年に大日本体育協会として創立されました。
創立の趣旨については、嘉納治五郎先生が体育(スポーツ)振興に対する熱い思いについて自ら表明した「日本体育協会の創立とストックホルムオリンピック大会予選会開催に関する趣意書」に明記されています。
初代会長 嘉納治五郎(1860〜1938)
講道館創始者でもあり、日本人初のIOC委員となる。
東京高等師範学校(現筑波大学)校長をつとめた。
創立趣意書の主な内容
嘉納治五郎先生は、体育(スポーツ)の振興と組織体制の整備の必要性について次のように述べられています。
国の盛衰は、国民の精神が充実しているか否かによる。国民の精神の充実度は国民の体力に大きく関係する。そして、国民の体力は国民一人ひとり及び関係する機関・団体等が体育(スポーツ)に関して、その重要性をどのように認識しているかによる。
我が国の体育(スポーツ)の振興体制は、欧米諸国に比べ著しく劣っており、必然的に青少年の体格も劣弱の状況である。そのため、一大機関を組織し、体系的に国民の体育(スポーツ)の振興を図ることが急務である。
一方、オリンピック競技大会は、世界の文化の発展と平和に貢献するものである。したがって、オリンピック競技大会への参加に向けた体制を早急に整える必要がある。
このような我が国の体育(スポーツ)の現状と世界の動向に鑑み、国民の体育(スポーツ)の普及振興とともに、オリンピック競技大会への参加を念頭においた組織・体制を整備するため、「大日本体育協会」を創立する。

創立趣意書原文
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これまでの日本体育協会の主な変遷
明治44年(1911年) 大日本体育協会の創立
初代会長として嘉納治五郎先生が就任
昭和2年(1927年) 「財団法人」の法人格を取得
昭和16年(1941年) 東京・神田駿河台に「岸記念体育会館」を建設
【第二代岸清一会長(ご遺族)の寄付による】
昭和21年(1946年)
第1回国民体育大会の開催
昭和23年(1948年) 財団法人日本体育協会に名称を変更
昭和37年(1962年)
日本体育協会創立50周年記念式典において日本スポーツ少年団を結成
昭和39年(1964年)
「岸記念体育会館」を渋谷区神南に移転し新たに建設
第18回オリンピック競技大会(東京)の開催
平成元年(1989年) 日本体育協会から日本オリンピック委員会(JOC)が独立
平成13年(2001年)
第1回日本スポーツマスターズの開催
平成21年(2009年) 日本体育協会創立100周年を記念して「総合型地域スポーツクラブ全国協議会」を設立
平成23年(2011年) 日本体育協会創立100周年
これからの日本体育協会
創立からこれまでの日本体育協会の変遷や実績を踏まえ、国民一人ひとりがスポーツ文化を豊かに享受する「生涯スポーツ社会」の実現を目指して、これからの日本体育協会の歩む方向、取り組むべき方策について、シンポジウム等を通して探っていきます。
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