「スポーツ宣言日本」とスポーツの価値 ―そのミッションとビジョンで未来を拓く
 ※平成25(2013)年3月発行のSports Japanに掲載したものです

人間形成にも意味を持つ“文武両道”


   人をつくり上げていくうえでもちろん勉強は大事だけれど、人間形成に必要なのはやっぱりスポーツなんだと思います。自分に挑戦して、自分の限界を知る。それをまた超えていくという。もうひとつ、指導を受けた先生、仲間、それからライバルたちとの人間関係を大事につくり上げていく。そこに自然に何とも言えない人間性が育ってくるんだと思います。そういう人が会社にとって一番ありがたい存在です。
   どこかの会社の方が昔言われたことを覚えています。「大学のレギュラーの選手よりも、4年間補欠でいた学生を取りたい」と。

橋本
   選手のスポンサーを探したり、就職の斡旋などでアスナビ(※JOCによるトップアスリートの就職支援活動)もたくさんの皆さんにご協力いただいていますが、企業を回ってプレゼンテーションをさせていただいて、人事の方に本音の話を伺うと、トップアスリートの選手は……とためらわれてしまいます。逆にどういう人材が欲しいかを尋ねると、「箱根駅伝の駅伝チームのマネジャーが欲しい!」と私は言われました。
 

   私自身、トヨタはもっと運動部出身者を採用したらどうかと社内で言っています。
 
竹田
   いわゆる大学体育会の就職率は非常に高いですね。
 

   人づくりにあたっては、体育会系できちっとやるとは言わないけれども、スポーツを体得してもらうことには意味がありますね。そのあたりは日体協が受け持つ部分だと思うし、そこからいい競技力を持つアスリートが竹田さん(※JOC)のところで、国際社会で競争させてもらうということになってくるんだろうと思います。

佐伯
   昔から“文武両道”とよく言われてきましたが、だんだん両方が高度になってきて、スポーツも相当に知的になったと思います。これからスポーツにはますますテクノロジーやサイエンスが入ってきますから、ただコーチから指示されたことをやっているだけでは勝てません。乗馬のためには馬のことを分かる必要があるという話のように、アスリートとして競技するためには自分のことを自分できちっと知り、客観的に自分をつかみながら頑張ることが重要かなと思います。

橋本
   私のところでもそれを目指しているところです。大事なことは、自分自身の成績を上げるためには何をもっと学ぶべきか、専門性と意欲を持って勉強していくことですね。ですからスポーツを極めようとする思いが強ければ強いほど、必然的に文武両道になってきます。そのことで視野が広がり、セカンドキャリアを見つけることにもつながっているので、そういうアスリートを数多く育てていきたいと思っています。
 
佐伯
   競技場で非常にいいパフォーマンスを示す、社会生活ではしっかりした市民であるといったモデルになるようなアスリートに出てきてほしいですね。特に勝ったときに敗者に対してどういうリスペクトを示すことができるか。それからもうひとつ、社会貢献をすること。例えば欧米のアスリートはプロでも契約のなかに社会貢献の条項が入るくらい、それがそのアスリート本人のイメージを良くするし、そのアスリートが活躍する競技のイメージも良くするので、非常に大切にしていることです。
 
竹田
   最近のアスリートは、自ら社会に貢献したいという気持ちを非常に強く示すようになりました。JOCでは、東日本大震災復興支援プロジェクトとして、30以上のスポーツイベントを被災地で実施してきていますが、本当に多くのアスリートが何回もくり返し協力してくれてとても感謝しています。


   日本もかなり進んで、いい方向に来ていると思いますよ。いままでは企業に寄付を仰ぐだけでしたからね。

スポーツをライフスタイルに

佐伯
   「スポーツ宣言日本」と歩をひとつにするように、日本のスポーツは次のステージへチャレンジする意欲を高めているようです。皆さんの団体の展望をお聞かせください。


   これまで日本体育協会は、生涯スポーツ社会の実現を目指して、森名誉会長をはじめ、皆さんにいろいろな努力を重ねてきていただきました。それはかなりの部分で、人々の豊かな生活とか地域社会の活性化に大きな役割を果たしてきたと思います。
   今度この「スポーツ宣言日本」では、最初のミッションとして地域社会のことが書いてあります。そこで、生涯スポーツの普及のためにどうすればいいのかという点をもう少し考えてみたいと私は思います。何から始めるか、そこでの日体協の役割は何かといったことは皆さんとよく相談してからになりますが。
   例えば、ある程度の年齢になってもスポーツをしている人は、していない人に比べて心身の健康に関する問題などでどんな相違があるのか、スポーツ医・科学でもっとはっきりできると思います。医療費の問題もありますが、生涯スポーツあるいは生涯文化でもいいのかもしれませんが、こうしたものをさらに理論的に整え、やり方も考えるのが日体協のこれからの役割だと私は思っています。
 

   以前、なぜオーストラリアやニュージーランドのラグビーはあんなに強いのかを聞いてみたことがあります。もちろんからだが大きいことはあるけれども、理由は、どこでもやれるから。どこにでも公園があって芝生があるからでした。みんな芝生の上を裸足で走り回り、ハンドリングも足技もうまくなるんですね。私も政治家でいる間になんとか日本中のグラウンドを全部芝生にしたい、そう思ってtotoの仕組みをつくったんです。最近はどこへ行っても芝生があっていいなと思
います。日曜日に地方へ行くと、どこのグラウンドでも、おじいちゃん、おばあちゃんたちがグラウンド・ゴルフなどをみんなやっていますね。国民総スポーツになってきているので、本当にいいことだと思います。スポーツがやるべきことは、竹田さんのところの競技力向上もやらなければなりませんが、欧米のような家族ぐるみのクラブライフであったり、スポーツ観戦の楽しみ方ができるように、スポーツをエンジョイして国民の生活の一部にしてもらうことですね。それを日体協が中心になって、やっていかなければならないと思います。

竹田
   ロンドンでのオリンピックは3回目でしたが、あれだけ成熟した国が将来のモデルケースになるような素晴らしい大会を開催しました。私はそれがひとつのヒントになると思います。持続可能な将来へのレガシー(※遺産)をハード、ソフト両面で残してくれました。
   都市開発ともなった多くの立派なスポーツ施設。あるいは、大勢の子どもたちが大きな夢と感動を得て、スポーツへの参加が随分促されたそうです。それに今回のオリンピックは本当に観衆が多くて盛り上がりました。どの会場でも敗者に対しての声援も多く、まさにスポーツマンシップを重んじる英国だという姿を世界の人々に見せてくれました。7万人のボランティアに24万人が応募して、その一人ひとりが来場者を笑顔で親切に迎えました。また、IOC加盟の204の国々すべてが参加し、今回初めてすべての競技に男女が参加しました。
   我々はいま、このロンドンをモデルにして、さらに素晴らしいオリンピックを将来に残すためにも、2020年の東京開催を実現させることが、日本のスポーツ振興に重要だと思っています。オリンピックが招致できれば、スポーツ基本法にも本当に血が通ってくると私は信じています。

橋本
   私が生まれた年に開催された東京オリンピックは、新幹線や高速道路が整備されて高度成長を遂げていく日本の素晴らしい能力を世界にアピールする原点となった、と聞いて私は育ってきました。その後、進歩を遂げるなかでつまずきもあった日本だと思いますが、新しい生き方の価値だとか豊かさを実現させる、あるいはエネルギーの課題を乗り越えた日本といった、世界にまた信頼される日本づくりがいま求められています。ライフスタイルを含めて自然とどのように共生していくか、新しい国家のビジョンを、日本のためだけではなく、世界のためにも築き上げていくうえで、「2020年」はスポーツの枠を越えて必要なものだと、深く考えたいと思っています。


   お金がかかりますからね。財政当局はいい顔をしないけれども、日本の経済はそれなりの力を持っているのでそこを上手に、いろんな意味で引き出せるように、企業も応援しやすいようにすることも政治の仕事ですね。スポーツ基本法のなかには、世界規模のスポーツ大会を日本で開催することに政府が支援すると明記してあります。要は、スポーツで日本が素晴らしい日本人をつくっていけば、韓国だって中国だってみんな仲良くしていかなきゃならなくなるわけです。そういう意味でスポーツはまさしく平和の象徴なんだと思います。
   もともと人間には闘争心があって必ず戦いたくなるわけだから、それをルールのなかに収めたのがスポーツだと基本的にそう思っています。次にやることは、日本国内の至るところでスポーツが生活の中核的な存在になるようにすることです。隣国や世界にどうやってスポーツで貢献していくかということは、これからのスポーツを担っていく、若い橋本聖子さんたちの責任だと思います。

橋本
   はい、分かりました。

佐伯
   「スポーツ宣言日本」は、グローバル課題への挑戦をミッションにしています。その意味でも日本スポーツは世界において積極的なリーダーシップを取ることが望まれます。張さん、竹田さん、橋本さん、日本スポーツのトップリーダーとして、ミッションの達成に一層ご尽力ください。本日はありがとうございました。


【座談会出席者】

左から、
橋本 聖子氏
(公益財団歩人日本スケート連盟会長、
   財団法人日本自転車競技連盟会長)
森 喜朗氏
(公益財団法人日本体育協会名誉会長)
佐伯 年詩雄氏
(日本ウェルネススポーツ大学教授)
張 富士夫氏
(公益財団法人日本体育協会会長)
竹田 恆和氏
(日本オリンピック委員会会長)

※所属・役職は座談会当時のものです。

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