「スポーツ宣言日本」とスポーツの価値 ―そのミッションとビジョンで未来を拓く
 ※平成25(2013)年3月発行のSports Japanに掲載したものです

   最終回では、日本スポーツのトップリーダーによる「スポーツ宣言日本」から見た「スポーツの未来展望」をお届けする。スポーツと人間・社会のかかわり、そこに求められるスポーツの真価、そして世界の未来を拓く日本スポーツの可能性.....、広範囲な熱い意見が交換された。


世界を視野に文化力を高めていく

佐伯
   本日の座談会は、これまで5回にわたる「スポーツ宣言日本」をめぐる論議の最終的なまとめとして、これからの日本スポーツを展望するところに視点を置いてお話を伺いたいと思います。宣言者として、日本体育協会・日本オリンピック委員会100周年記念式典席上で本宣言を発表していただいた森喜朗元首相をはじめ、スポーツ界のトップリーダーにお集まりいただきました。皆さんがこの宣言にどのような感想をお持ちなのか、まず森さんからお聞かせください。


   宣言づくりに携わっておられた方々のスポーツにかける期待の大きさを、私はほとんど感動的に眺めていました。辛抱強くて我慢強くて、自分たちの体験を通して培ったこころをいかに後輩たちに残していくか、そういう思いが非常に伝わる内容ではないかと思います。この宣言をこれからどう活かすのか、これを基盤として日本のスポーツ政策にいかに取り組んでいくのか、私が今後を託す橋本さんたちに、頑張ってもらいたいところです。むしろこれを国会議員全員に渡して、しっかり守ってくれと言いたいというのが私の正直な気持ちです。このことに携わっていただいた皆さんには本当に真心を込めて感謝しています。
 
佐伯
   ありがとうございます。では次に、この宣言の実現へ向けての当事者として、日本体育協会の張会長はどう受けとめておられるでしょうか。
 

   体協の会長としてはまだ日が浅いのですが、「スポーツ宣言日本」には大変広くて深い意味合いを感じております。私としては、世界を視野に入れてその全体像を理解したいと思っています。
   現在、地球上にはさまざまな理由で食糧不足等の飢えに苦しんでいる国がまだまだあります。翻って日本を考えると、戦後70年近く平和な時代が続き、スポーツ環境の整備等により、国民は広くスポーツに参加するようになりました。私は、スポーツと国の平和には密接な関
係があり、相互に支え合っているということを改めて感じた次第です。そして我々の目線は日本だけではなくて、日本がスポーツ立国のひとつのモデルとなって、他の国へお示ししたり、スポーツを通じ、支援が必要ならば支援をするような方向へ向けていくことも大事ではないかなと思っています。

佐伯
   グローバルな視点といえば、「スポーツ宣言日本」のグローバル課題への挑戦とオリンピック・ムーブメントとはどのような関係になるでしょうか、竹田JOC会長いかがでしょうか。

竹田
   我々JOCは、元々は日本体育協会の一委員会でしたが、1991年に分離独立をして、日本体育協会はスポーツの普及・振興、我々は国際競技力の向上とオリンピック・ムーブメントということで、このふたつのスポーツ団体が両輪となって日本のスポーツ界を支えていると私は理解しています。
   JOCの役割としては、まずはオリンピックをはじめとした多くの国際総合大会に選手団を派遣して、それに伴う競技力向上を支える。各競技連盟と総力を結集して活躍する選手を育て、大きな国際大会で好成績を上げることによって国民に夢と希望を与え、そしてスポーツの素晴らしさを伝えていく使命があると考えています。もうひとつがオリンピック・ムーブメントの推進で、スポーツを通じた世界平和運動と言えるものです。「スポーツ宣言日本」がミッションとして掲げる、公正で福祉豊かな地域社会、環境と共生、平和と友好の3テーマはいずれもオリンピック・ムーブメントと深くつながるものでもあります。

佐伯
   スポーツと政治の分野で森さんから、いわばバトンを受け継がれるのが橋本さん。元アスリートであり、政治家として、またスケートと自転車のふたつの競技連盟の会長を務めておられますが、そうした立場から見てこの宣言にどんな感想をお持ちでしょうか。

橋本
   森先生が代表になっていただいたからこそ多くの皆さんが結集でき、このような重たい宣言ができたのではないかと、大変感激すると同時に、引き継いでいく者として大変な責任を感じています。
   歴史をたどると戦前、戦中、戦後とそれぞれのスポーツがあり、その一方で科学技術が発展することによってスポーツが新たな文化、文明を築いています。あわせて西洋と東洋の融合とか、自然との共生といった面でスポーツの価値が非常に大きな要素となってきています。そうしたなかで私自身、現役時代からスポーツとは何なのか、この先どうなっていくのかといったことに深刻に悩みました。そしてコーチ役も兼ねるようになり、試行錯誤のなかでスポーツの本当の在り方が理解できたと思います。スポーツは記録や勝敗を目指すけれども、大事なことは人づくりなんだ、と。だからスポーツのなかにいる人間自身がスポーツの文化力を高めていく必要があると考えました。
   そしてこの宣言が出されたとき、スポーツの向かうべき道筋がはっきり示されたと思ったのです。いまはそれぞれの加盟団体や選手たちに浸透させるべく、イベントのプログラムには必ずこの宣言を載せています。
   スポーツ自身が文化力を実際に高めることによって、そうした人間をつくることができるならば、もっと国はスポーツにお金を出してもいいんじゃないかというムーブメントにつなげることができそうです。この宣言に則れば、アスリートたちがしっかりとした自分づくりに取り組めると思いますし、そうした指針を示していただけたことに非常に感謝しています。

さまざまな形で表れるスポーツの真価

佐伯
   ドイツのスポーツ教育学者のオモー・グルーペという人に『スポーツと文化』という著書があります。そのなかで、文化が一般的に退廃ムードに入っているときに、スポーツは若い力で文化に再生のチャンスとエネルギーを与えるといったことを書いています。森さんも橋本さんもおっしゃっていますが、我々が次の100年に受け継ぐべきは、若々しいエネルギーに満ちた賢い人がそこから育つスポーツであり、それこそスポーツの真価と言えます。


   他の競技に共通するかどうか分かりませんが、剣道の場合、師範にぶつかっていき、突き飛ばされまた叩かれてというふうに、一対一で本当の意味で鍛えられる面があります。なかなか外れない相手の剣先をどう外してこちらから出ていくか、こころも一緒に鍛錬しなければなりません。そして、努力すれば少しずつ技量が上がっていき、これが少しずつ自分の自信になる。こういうことを若い人にぜひ体験してもらいたいと思います。



 

   武道は中学校で必修になったんですね。とてもいいことではないかと思います。
 
佐伯
   竹田さん、人育てという面で馬術の場合はどうですか。
 
竹田
   生き物を扱うという他のスポーツとは違う特色があります。求められるのは「人馬一体」。馬は百頭いれば百頭全部、性格も運動能力も違います。その馬の良さを引き出すには、本人が多くの馬の性格を知っていなければなりません。馬は自分の脚が痛くても痛いと言えませんから、接触する人間が分かってあげないといけない。そうしたなかで信頼感が互いの間に芽生えてきて、馬は自分が持つ能力を向上させていきます。そのような練習のなかで、選手は生き物に対するいたわりや思いやりを学ぶことになります。


   馬術競技は自分の馬を連れて試合に行くんですか。

竹田
   はい。学生の競技も全日本もオリンピックもみんなそうです。近代五種競技の場合は抽選で馬が割り当てられますが。

佐伯
   日本の馬術で最高齢のオリンピックアスリートが出たというのは、これもまた素晴らしいことですね。

竹田
   そうですね。馬場馬術は馬術競技のなかでも選手生命が長いのです。70歳でもできるスポーツだから簡単なものかというとそうではありません。あの法華津寛さんは先輩ですが、大変な努力家です。大学を出てからサラリーマンになりますが、40年間毎日5時前に起きて馬に乗り、そのあと出社です。最後に外資系の社長になってからフリーになって、初めてヨーロッパに7年間武者修行に行かれました。本当に努力しています。

佐伯
   そうですか。日本スポーツが本当に世界に発信したい素晴らしい事実ですね。もうひとつ、森さんといえばラグビーで、ラグビーといえば「ノーサイド」というスポーツマンシップの象徴のような言葉がありますが。


   ラグビーは激しいぶつかり合いやつかみ合いが連続するスポーツで、それを合計80分間やるわけだから、蹴飛ばされたりして〝この野郎!〟と思うことも随分あります。でもシャワーのあとで必ずアフターマッチファンクション(※交流の時間。ヨーロッパなどでは立食パーティーの形で行われる)というものがあって、もう殴るに殴れません。これはさっき竹田さんが、相手を思いやるとおっしゃったけど、そこから「ノーサイド」の精神が出てきています。だからスポーツの一番いいところは、相手を尊敬することから始まっている点。馬もそう、柔道も剣道も相撲もそうですね。

佐伯
   ついさっきまで泥まみれで戦い合っていて、さっぱりして握手するときには何か「スポーツで磨かれたものが光る瞬間」があると思います。



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