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環境と共生するライフスタイルの創造に寄与するスポーツ ※平成24(2012)年9月発行のSports Japanに掲載したものです

環境とライフスタイルをつなぐスポーツ

佐伯
いま少しずつライフスタイルもいわゆる従来型の消費主義から変わってきているようです。最近ヨーロッパでは2枚目のタグをつける流れがあって、そのタグを見ると製品をつくっている企業がどういうグローバル課題に挑戦しているかや、環境問題にどう取り組んでいるかがわかる。環境問題に一生懸命取り組んでいる企業の製品を積極的に選んで買うようなライフスタイルの新しい方向性が見られます。

小谷
結婚したばかりの頃、結婚相手がペットボトルやラベルを全部はがして分別して出していました。最初に彼を尊敬した部分でしたが、ラベルにミシン目が入っていてはがしやすいメーカーをすごくほめていたことがとても新鮮でした。

浅利
今の学生と接していると、変わりつつあるのかなという感じもします。たとえばペットボトルにしても、使わないほうが環境負荷が下がる。じゃあマイボトルにしてみようかと。彼らにしても本当に欲しいのは中味の美味しいお茶だったりするわけで、そういう本質的な価値や豊かさを追いかけられるようにならなければいけないな、と思います。

佐伯佐伯
1990年代の半ば頃から、日本ではスポーツ用品・用具の売上のトップが競技スポーツ用品からアウトドア用品に変わります。その頃からスポーツの大きなトレンドに変化が生じ始めて、主流は自然とのコミュニケーションをエンジョイするようなスポーツに向かいつつあります。スポーツそのものもこういう新しい状況の中で意義や価値を発揮できるような自己変革をしていかなければいけない。それこそがミッションの達成に重要なことだと思います。とはいえ使命感を背負って肩肘張るのではなく、本当に好きなことを楽しくやっていると、実はそれが大変よいことに役立っているようなシナリオでいきたいですね。


スポーツを文化として基本的に捉えて、その可能性をどういう形でもっと引き出していくのか。これはまだまだ端緒を開いたばかりで、他の芸術や知的な分野から遅れている部分はあると思いますが、逆に知性や感性が陥ったさまざまな欠点なり問題性というものをスポーツが克服できる、遅れたランナーだからこそ克服できる可能性があるのかなと思います。

浅利
私はスポーツに関して専門的な知見を持って述べることはできません。でも、環境の問題もいまおっしゃったスポーツと同じ状況なのかなと感じています。海外の大学では持続可能性、サステナビリティというテーマでいろんな教育をしていますが、私の大学では環境学という分野を改めてつくり始めたところです。それこそ地球が生まれて人間が誕生し、人間のからだはこうなっていて、外界つまり環境とこういうやり取りをしているということを学びだすとすごく膨大な幅広い知識になっていくのですが、やはりそこから、たとえば身近な「ごみ」のリサイクルを考えてみると、ずいぶん見方が変わってきます。そういう可能性や必要性をすごく感じています。

共感する能力をもたらし磨くスポーツ

佐伯
宣言の中で、スポーツが身体的諸能力の洗練を通じて、自然と文明の融和をはかる手がかりとなって、環境や共生の時代の新しいライフスタイルをつくる可能性があるとしています。キーとなるのは「共感の能力」ですが小谷さん、いかがでしょう。

小谷
お稽古ごとのシンクロ教室をこの20年ずっとやっています。7〜8年ぐらい通って来ている子がある日、「ずっと同じ道を通ってプールに通って来ていたんだけど、山のところ(神奈川県大磯)の夕日がすごくきれいだった!」と目をキラキラさせています。その子にとっては見慣れた景色なのに、初めて美しさに気がついて「私って幸せだなあと思います」と話してくれました。シンクロ活動に一生懸命頑張っていて心が充実しているからそういうことに気づいたんでしょう。スポーツってこういうことをもたらしてくれるんです。 オリンピックでメダルを取った後にバハマに行って、この地球の海のスケール感に比べたらオリンピックなんてちっぽけで、たかがスポーツなんだな、と思ったのですが、でもそこで得られる自分の心の充実とか、地球への共感はスポーツを通してもたらされていたんだと思うと、あ、されどスポーツだな、と思った覚えがあります。

菊
これまでの教育的なコンセプトでは、これが不足しているから頑張って身につけなさいという捉え方です。それはまず自分があるのではなく、目標があってそこに自分を近づけなさいというもの。「洗練」はいまある自分を肯定しつつ、川を流れる石ころのように、いろいろなかかわり合いの中で学び合いながら磨かれていくということ。いまの小谷さんのお話はまさにそういう洗練のひとつだと思います。

佐伯
結局、「環境にやさしい」とか「環境と共生できる」というライフスタイルがどのようにできるかといえば、頭の理解でスタートするのではなく、そうすることが自分にとって意味があるという、本当の理解に達しないといけないということでしょうか。

浅利
宣言中の“身体的”が“心体的”でもいいのかなと思います。やはり環境のことを手がける中で教育もします。でも実際に行動を起こしたり生活が変わるという人はなにかきっかけがあります。特にからだにまつわるきっかけという人は多いですね。たとえば子どもを産んだとか、通学を徒歩に変えて道端にきれいなものを発見したとか、からだと心のバランスがとれて初めて「あ、これがいいな」と自分で思い、自分の価値観の中で生きていけるような人になっていきます。おっしゃる通り気づきがあって、それはからだだけでも心だけでもなく、その両方が合わさって絶妙なバランスがとれたときに来るんだろうなと思います。

佐伯
この宣言をできるだけ多くの人にわかってもらうために、どうすればいいと思いますか。

小谷
必ずしも「スポーツ宣言」だよという形で伝えなくとも、多くのアスリートが共感できる宣言ですから、このような思いを心の中で持っているのであれば各分野の方々がどんどん思いを発していけばいいと思います。

浅利
入門編ではないですが、キーワードを使った〝かみくだき版〟のようなものがあってもいいのではないでしょうか。小学生や海外の方にも伝わるような。


私自身としては、この内容を日体協の具体的な事業のところでどう落とし込んでいけるのかを戦略的に考えていかなければならないと思います。もちろんJOCも。今度、指導要領で中学高校では体育理論というものが必修で行われることになっています。中学ではもう今年から行われていますが、そういうところに積極的にアプローチしたり、授業で使ってもらうようなところへ、計画的に歩を進めていけばいいという気はしています。

佐伯
スポーツ教育は環境教育でもあるという方向、楽しみですね。では、どうもありがとうございました。

【座談会出席者】

左から、
菊 幸一氏(筑波大学大学院教授)
浅利 美鈴氏
(京都大学環境科学センター助教)
佐伯 年詩雄氏
(日本ウェルネススポーツ大学教授)
小谷 実可子氏
(日本オリンピアンズ協会理事)

※所属・役職は座談会当時のものです。