環境と共生するライフスタイルの創造に寄与するスポーツ ※平成24(2012)年9月発行のSports Japanに掲載したものです

   シリーズ3回目の座談会では、「スポーツ宣言日本」に掲げられた3つのミッションの2番目。「環境と共生の時代に寄与するスポーツ」のあり方が話し合われた。地球サイズから身近な環境に至るまで、いまや世界中の課題である、「環境と共生」のテーマとスポーツはどうかかわるのか。スポーツ体験で育まれる他者への共感は、広く「自然」に対する理解や共感の能力への磨き上げられていくのではないか。スポーツそのものがはらむ様々な可能性を引き出した本宣言の核心に迫る議論となった。


からだを動かすことで始まった3・11からの復興

佐伯
   この「スポーツ宣言日本」のようなメッセージは、日本はもちろんアジアでも初めて発信されました。みなさんの感想はいかがでしたか。

浅利
   宣言内容に盛り込まれた一昨年のシンポジウム(京都会場)に私も出させていただきました。「環境と共生」がテーマでしたが、あの3・11を経験したあとでも宣言の方向が変わらなかったことを再確認できて嬉しく感じました。

小谷
   自分の経験をもとに、こんなことを発信していきたい、こうあるべきだとそれまで個人的に思っていたものが、まさに形になって出されたという感じでした。私自身考えていたことも間違いではなかったという自信とともに、日本のスポーツ界として出されたのですごく背中を押される思いがしました。
 

   おそらく20年、30年、40年という長いスパンでじわじわと主旨が伝えられていくべき宣言だと思います。その意味で、初めの一歩という印象です。
   特に3・11までの私たちは豊かな、モノであふれる世界にいて、それがゼロかマイナスまでになってしまった。誰を恨むわけにもいかない状況の中で、やっぱり人間は再びエネルギーを蓄積していく。その原点になるのがからだなんだということを我々に教えてくれた出来事でもありました。復興と挑戦、それぞれスタートラインは違いますが、スポーツをやっている人たちは同じようなベクトルで受けとめることができたという気がします。

浅利
   発生2週間後ぐらいから私も現地へ入って支援活動を続けてきたのですが、人が生命の緊急のはざまを行く時期を過ぎたときに、一番最初に取る行動がスポーツというか、子どもたちが体育館の中から外へ出ていき、そのへんの段ボールを丸めて野球を始めたり。再び立ち上がっていくところでスポーツやからだを動かすという活動を人間は始めると知り、とても素晴らしいと感じていました。

佐伯
   震災後、アスリートが続々と被災地の人々を元気づけに行く大変よい状況が生まれました。好きなスポーツをやることが社会的な貢献につながることを、多くのアスリートがあのときに実感したのではないかという気がします。

小谷
   アスリートは、人の応援がどれだけ自分の力になるかを身をもって知っていますし、いまこそ立ち上がって行動しなければと思った選手が多かったはずです。

からだ(スポーツ)を通して考える環境との共生

佐伯
   宣言の二、に掲げた「環境と共生」はまさに、この状況のままで地球が22世紀を迎えることができますか、という誰にでもわかるグローバルな課題です。これに対してのメッセージが、我々の2番目のミッションということになります。宣言の作成にかかわった菊先生に解説をお願いします。
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   この問題を考える上では、からだ(人間)と環境の関係、そしてそこにスポーツがどうかかわっていくかということになります。これまでは、スポーツと環境といえば、たとえば試合会場でのごみ分別といった、すでにある環境問題への取り組みに即したスポーツからの貢献という捉え方が主流でした。でも「それでいいのか」と我々は考えていました。
   本来、からだ(人間)と環境は一体化しながら長く共生してきました。ところが技術革新によりテクノロジーはからだを環境からひき離していきます。そして急速にからだは宙ぶらりんというか、まるで環境と関係なくなったような、そういう意識に陥ったのではないか。だから逆にいえばスポーツはやはりからだを通して、むしろそういう問題をもう一度からだ(人間)の側に引き寄せられる、そういう力を持っているのではないかと考えたのです。

佐伯
   からだに痛みがあれば、それは同時に環境にも痛みがあるという、そういう理解の仕方でスポーツを手がかりにしながら人間と環境の新しい関係性を絶えず問い続けるというようなことですね。環境について学ぶときにはいろいろな学び方がありますが、浅利さん、からだを通して自分と外の世界との関係を考えてみることは非常に重要ではないでしょうか。

 
浅利
   本当におっしゃる通りですね。実際からだと環境が離れることによる弊害もものすごく多くあって、たとえば“食品ロス”が日本では10兆円以上出ています。それは日本でつくる農水産物など一次産物の生産高とほぼ一緒なのです。つまり日本でつくっているものをすべて捨ててしまうようなもったいない生活実体があります。賞味期限ばかりを気にしたり、味覚や嗅覚などの五感を使って判断しなくなり、「食べたい」「美味しい」「有難い」というものが失われてきている時代なのでしょう。


小谷
   私は15年間の現役中でほんの2回ですがこんな体験をしました。いい得点を取るための演技ではなく、それまで努力してきたすべてを出せる自分がそこにいて、泳いでいても見える空がすごく美しく、鳥のさえずりや会場の緑につつまれて一生懸命の時を刻んでいる自分に対して、すごく幸せだなと思ったことがありました。同じように地球との一体感みたいなものをなにかのときに感じているアスリートは結構います。だから言葉にはしなくても、将来の子どもたちのために美しい地球を残しておかなければという感覚を持っている人は多いと思います。


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